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202105/08

【編集局から】日本三大怨霊と畏怖…平将門公はどう受け止められたか 東京・大手町にある首塚の改修工事完了

改修を終えた平将門の首塚(東京・大手町)
改修を終えた平将門の首塚(東京・大手町)

 2月の当欄でも取り上げた、夕刊フジ編集局からも徒歩圏内にある東京・大手町のビル街の一角にある首塚。平安時代に京都でさらし首になった平将門が空を駆け、関東の故郷に戻る途中で落ちた場所とされています。

 前回はフェンスに囲われ改修工事中とお伝えしましたが、4月末に晴れて完了。そのあまりの変わりように、あっけにとられてしまいました。これまではうっそうとした木陰の湿った黒土に厳かに立つ石碑が、更地にする動きがあるたび不審死が発生したという伝説なども相まって、おどろおどろしいまでの雰囲気を放っていたのですが…。

 樹木は最小限の小ぶりなものに植え替えられ、地面は黒土から白砂と淡いグレーのコンクリートに一新。全面が日なたとなり、近くの歩道からも塚は丸見えです。左遷先から本社に戻りたい会社員らが、「帰る」と引っかけて敷地内に供えてきた、大量のカエルの置物も一掃されました。

 神社の境内のように簡素で清浄。ただ、日本三大怨霊と畏怖されてきた将門公が、大変失礼な物言いになるのですが、すっかり“毒気”が抜かれて怪しい魅力もパワーダウンしてしまったようにも感じます。肝心の将門公が今回の大改修をどう受け止められたかは、今後の東京がどうなっていくかが答え合わせになるのかも知れません。 (運動部・笹森倫)

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202104/26
産経ニュース

秘仏「日輪大師像」御開帳 36年ぶりに栃木県佐野市の大聖院

36年ぶりに秘仏「日輪大師像」御開帳 佐野の大聖院
秘仏となっている「日輪大師像」が安置されている厨子と伊藤教宣住職=佐野市植野町の大聖院
 栃木県佐野市植野町にある真言宗豊山派の古刹(こさつ)、大聖院(だいしょういん)で29日から、「日輪大師像」が36年ぶりに御開帳される。日輪大師とよばれた真言宗の開祖、空海(弘法大師)が日輪の中で蓮華台座に座る全国でも数少ない大師像で、寺の秘仏。感染拡大が続く新型コロナウイルスの退散祈願も込められる。公開は5月5日まで。
 大聖院は、天慶元(938)年の創建。言い伝えによると、当初は佐野氏の拠点だった清水城内(同市吉水町の現興聖寺)にあったといい、安土桃山時代と江戸時代をまたぐ慶長年間に、植野村の豪士、高橋惣左衛門により現在地に移転建立されたという。
 「日輪大師像」は享保5(1720)年に京都の仏師により作られたとされている。台座を含め高さ約1メートルの座像。かつてはお堂があったが、現在は本堂の厨子(ずし)に安置されている。「厄除日輪大師」とも呼ばれ、古くから厄除け祈願で知られたという。
 29日の御開帳では、午前10時過ぎから記念の稚児行列、続いて同11時から開帳法要が営まれる。稚児行列の参加人数を制限しマスク着用、手指消毒など新型コロナ対策を徹底する。
 伊藤教宣(きょうせん)住職(71)は、「御開帳を控えようかとも考えたがコロナ退散のため実施することを決めた。多くの人に参拝してほしい」と話した。(伊沢利幸)
202104/22

日光東照宮がベトナム・ダナンに進出 ホテル三日月グループの施設内に「神輿」を分祀

三日月の小高代表(左)と日光東照宮の稲葉久雄宮司
三日月の小高代表(左)と日光東照宮の稲葉久雄宮司

 東照宮として初めて海外に分祀(ぶんし)される、「日光東照宮分霊三日月神輿」完成奉告の儀が20日、日光東照宮で行われた。

 ホテル三日月グループが6月にベトナムのダナンに開業する、「ダナン三日月ジャパニーズリゾート&スパ」内に建立されるもので、当初は神社を建てる構想だったが、現地の気候に木造の社殿が向かないことから、三日月の小高芳宗代表の発案で、みこしとして分祀することに。制作は令和大嘗祭にも携わった浅草宮本卯之助商店が行い、眠り猫や三猿など東照宮を象徴する美しい彩色と意匠が凝縮されている。

 小高代表は「宮司さんと(浅草宮本卯之助商店の)宮本社長が、日越の交流に資するみこしが、どうしたら完成できるかを考えて実現してくれた」と感謝を述べた。

202104/21

三島由紀夫も訪れた奈良・桜井の大神神社へ

うましうるわし、ひとり旅の奈良
2021.4.21(水)勢古 浩爾
    https://jbpress.ismcdn.jp/mwimgs/b/b/1200mw/img_bbb7196f8d30206b67613ec5c6a2971997886.jpg 2x" class="lazy not-trans loaded" width="600" height="399" srcset="https://jbpress.ismcdn.jp/mwimgs/b/b/600mw/img_bbb7196f8d30206b67613ec5c6a2971997886.jpg 1x,https://jbpress.ismcdn.jp/mwimgs/b/b/1200mw/img_bbb7196f8d30206b67613ec5c6a2971997886.jpg 2x" data-was-processed="true" pinger-seen="true" style="border-style: none; vertical-align: top; opacity: 1; transition: opacity 0.5s ease 0s;">奈良県桜井市にある大神神社(おおみわじんじゃ)の拝殿(Saigen Jiro, CC0)

    (勢古 浩爾:評論家、エッセイスト)

     奈良へ行くようになったのは定年退職後のことである。年に夏と冬の2回行くから、これまで20回以上は行ったことになる。行くのはいつも6月と12月、桜と紅葉の時期には遅いシーズンオフである。桜や紅葉の盛りを見てみたい気はあるのだが、混雑していないことが優先である。それで不満はない。

    住んでいた土地巡りをしたあとで

     退職した当時は、だれもがやるように、これまでに住んだ場所巡りをした。18歳で上京して最初に住んだ千歳烏山(東京都世田谷区)。その町で3か所転居したが、一番懐かしいアパートを訪ねた。おなじ場所にあったが、現代風なものに建て替わっていた。そりゃそうだろう、50年以上も前のことだから。

     そのあとに住んだのは北浦和(埼玉県さいたま市)だ。この町は好きだったが、道順がさっぱりわからなくなっていた。元々記憶力がよいほうではない。この辺だったかな、と見当をつけた場所は、コンビニになっていた。

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    202104/15

    宮神輿を約90年ぶり修復 麻布氷川神社、小学生に披露

    宮神輿に触れる小学生
    輝きを取り戻した麻布氷川神社の宮神輿に触れる児童ら=14日午前、港区元麻布(本江希望撮影)
     麻布氷川神社(東京都港区元麻布)の宮神輿(みこし)が約90年ぶりに修復され、14日に地元の小学校の課外授業で児童にお披露目された。同神社の宮神輿は関東有数の大きさを誇るが、昭和初期を最後に神輿蔵に眠ったままとなり、戦後の混乱で日の目を見ることがなかった。地域の人々やクラウドファンディングによる支援で今回、修復が実現し、その雄姿がコロナ禍の地域や神社を盛り上げる。(本江希望)
     「わあ、すごい」
     神輿蔵の扉がゆっくりと開き、金色の装飾が輝く宮神輿が姿を現すと、児童らの感嘆の声が上がった。この日、神社を訪れた区立本村小学校の6年生たちは、3年生の時に社会科の授業で修復前の神輿を見学しており、生まれ変わった姿に驚いていた。
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    202104/06
    産経ニュース

    【聖徳太子1400年遠忌】聖徳太子たたえ結願 法隆寺

    法隆寺法要メイン
    結願を迎えた聖徳太子の1400年遠忌法要=奈良県斑鳩町の法隆寺
     法隆寺(斑鳩町)で3日から営まれていた聖徳太子の1400年遠忌(おんき)の「御聖諱(ごしょうき)法要」が5日、結願(けちがん、最終日)を迎えた。「和」を重んじる十七条憲法の作成や仏法の興隆で知られる飛鳥時代の太子をしのび、3日間にわたった大きな節目の法要が厳かに締めくくられた。
     青空が広がったこの日は、夢殿(ゆめどの)がある東院伽藍(がらん)から金堂や五重塔が並ぶ西院伽藍へ行列が到着すると、太子像が安置された大講堂の前に設けられた舞台で法要が始まった。参拝者らが見守る中、法隆寺の僧侶らが声明(しょうみょう)を唱え、南都楽所(なんとがくそ)が舞楽(ぶがく)を奉納。幡(ばん=はたのこと)が風になびき、楽が響きわたり、長い歴史を刻む伽藍は荘厳な雰囲気に包まれた。
     また、森清範・清水寺貫主(かんす)が慶讃文(けいさんもん)を読み上げた。最後には僧侶らが「太子和讃」を唱え、偉人の遺徳をたたえた。
     千葉市から訪れた会社員の女性(58)は「コロナ下で無事に来れてよかった。法隆寺は聖徳太子さんを大事にしているお寺なので、太子さんへの思いがとてもよく伝わってきました」と話していた。
     法隆寺では、夢殿の本尊・救世(くぜ)観音像(国宝、飛鳥時代)の特別開扉も5月18日まで行われている。
    202104/04
    産経ニュース

    聖徳太子の遺徳たたえ 法隆寺で1400年遠忌法要

    さし)1社@聖徳太子没後1400年御聖諱法要
    夢殿付近から法要の会場に向かう行列=3日午後、奈良県斑鳩町の法隆寺(寺口純平撮影)
     聖徳太子(574~622年)の1400年遠忌(おんき)の「御聖諱(ごしょうき)法要」が3日、太子が建立したとされる世界遺産、法隆寺(奈良県斑鳩町)で始まった。ゆかりの寺院の僧侶が出仕し、仏法の興隆や十七条憲法の作成で知られる偉人の遺徳をたたえた。
     この日午後、参拝者が見守る中、僧侶や楽人ら約120人の行列が夢殿(ゆめどの)がある同寺東院伽藍(がらん)を出発し、金堂や五重塔などが並ぶ西院伽藍へ。太子像が安置された大講堂前で始まった法要では、太子をしのび、舞楽(ぶがく)の奉納や読経などが行われた。法要は5日まで。
     法隆寺では6月30日まで、太子や後世の信仰についての特別展示なども行われている。
     聖徳太子は用明天皇の皇子で、本名は厩戸(うまやと)。推古天皇(女帝)のもと、「和」を重んじる十七条憲法や冠位十二階の制定、遣隋使の派遣に関わったとされる。近年、御聖諱法要は10年に1度営まれている。
    202104/02
    産経ニュース

    延暦寺僧12年の修行満行 戦後7人目 「苦しかった」と渡部住職

    延暦寺僧12年の修行満行
    遂業証を森川宏映天台座主(中央左)から受け取る渡部光臣住職=1日午前、大津市
     比叡山延暦寺(大津市)は1日、境内の「浄土院」で天台宗の開祖最澄に仕え、読経などを行う12年間の修行「十二年籠山行(ろうざんぎょう)」を終えたとして、渡部光臣(こうしん)住職(48)に遂業(ついごう)証を授与した。授与は戦後7人目。
     延暦寺によると、最澄が十二年籠山行の制度を制定し、1200年以上続くとされる。織田信長の比叡山焼き打ちで一時中断されたが、江戸時代に復興した。
     十二年籠山行は最澄の廟所である浄土院にこもり、毎日午前4時から読経するなどの修行を12年間休まず行う。新聞やテレビなど情報を得る手段もなく、世間から隔絶されているという。渡部住職は「体力的にも精神的にも苦しかった」と振り返り「引き続き最澄に仕え、世界を騒がしている疫病の退散を祈念したい」と話した。
    202103/17

    産経ニュース


    北野天満宮の天神市と東寺の弘法市 今月から再開

     北野天満宮(京都市上京区)は、毎月25日恒例の天神市を今月から再開するとホームページで公表した。緊急事態宣言で1月から中止していた。午前7時ごろから日没まで。
     また、同じく1月から中止されていた東寺(同市南区)の弘法市も今月21日から再開する。午前7時ごろから午後3時ごろまで。
     天神市と弘法市は、京都の二大骨董(こっとう)市として知られ、例年は雑貨・古着や骨董をはじめ飲食など約700~千店が出店する伝統行事。
    202102/22

    コロナ禍の東大寺お水取り 1270年の歴史守るため僧侶隔離生活も 

    2社 東大寺「お水取り」社参
    マスク姿で一列になって巡拝する練行衆と呼ばれる僧侶たち=21日午後、奈良市 (安元雄太撮影)
     春を呼ぶ「お水取り」の名で知られる東大寺二月堂(奈良市)の「修二会(しゅにえ)」の本行が3月1日から始まる。奈良時代から途切れず続く「不退(ふたい)の行法(ぎょうぼう)」は今年で1270回目。僧侶が合宿生活し、集団で祈りをささげるなど「密」となる場面が多く、新型コロナウイルスの感染拡大は脅威だ。同寺では、僧侶を前行(ぜんぎょう)の2週間前から自宅で隔離生活させるなど感染防止策を徹底し、伝統を守り抜こうとしている。(岩口利一)
     修二会では練行衆(れんぎょうしゅう)と呼ばれる11人の僧侶が二月堂にこもる。今月20日から本行に向けた準備を進める前行に入った練行衆は21日、参籠中の無事を願うため、同寺の境内を一列になって巡拝する「社参(しゃさん)」を行った。全員がマスク姿だ。

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